武蔵野でフランス語を学ぶ小さなアトリエ

武蔵野プレイスで、NHKラジオ「まいにちフランス語」を一緒に続ける


入門編

全くの初心者から、過去学んだフランス語をブラッシュアップさせたい人まで幅広い人を対象としています。基本的な単語や文法、会話練習まで総合的に学習します。

応用編

文学や時事などを題材に、これまで学んできたフランス語やその背景知識を拡張していきます。各自調べたことの持ち寄りを歓迎いたします。

一人では続かない人の集まりです

ラジオやテレビのテキストを購入しても、視聴時間が取れない。

Duolingoだったら続くけど、もう少し実践的なことがしたい。

半年先の旅行までに話せるようになりたい(できれば格安で!)

休み休みでいいから、NHKラジオ「まいにちフランス語」を放送期間の6ヶ月一緒に完走しませんか?

こんな人の参加を歓迎します

年齢・学歴・学習歴は問いません。フランス語を学びたいという意欲があれば大丈夫です。

NHKラジオ講座の併用をお勧めしています。

日曜の午前に一週間分をまとめて復習します。テキストは各自購入の上、ご持参ください。.

発起人はこんな人です。

フランス語学習歴は休み休みしながら、二十数年に及びます。仏検1級とDELF B2を所持しています。

こんな勉強会です。

口に出して覚えていくことを優先します。ときには、参加者の作成したプリントで文法を勉強することもあります。


お知らせ


太宰治『ヴィヨンの妻』——三鷹・吉祥寺と、もう一人の「ヴィヨン」

太宰治と三鷹は、切っても切れない関係にある。

太宰が三鷹に移り住んだのは1939年。戦時中の疎開を挟みながら、この土地を生活と執筆の拠点とした。『走れメロス』『斜陽』『人間失格』など、代表作の多くがこの時期に書かれている。

そして三鷹で太宰を考えるとき、隣町の吉祥寺も重要な場所になる。

吉祥寺が登場する作品の一つが、『ヴィヨンの妻』である。

『ヴィヨンの妻』とは

『ヴィヨンの妻』は、1947年に発表された短編小説だ。

語り手は、詩人・大谷の妻である「私」。

大谷は酒に溺れ、家を空け、女性関係にもだらしがない。ある夜、馴染みの飲食店から金を盗んで逃げてくる。

事情を知った妻は、夫の借金を返すため、その店で働き始める。

悲惨な話だが、作品は不思議と暗くない。

妻は夫の行状に振り回されながらも、外へ出て働くことで、それまでとは違うたくましさを見せる。どうしようもない夫と、その夫と生きる妻。その関係を、太宰は善悪や幸福・不幸といった単純な物差しに回収せずに描いている。

『ヴィヨンの妻』と吉祥寺

この作品を三鷹周辺の文学として読むと、吉祥寺の存在が浮かび上がる。

太宰自身、三鷹で暮らしながら吉祥寺にも足を運んでいた。現在でも三鷹と吉祥寺は中央線で一駅、歩ける距離にある。

太宰にとってこの一帯は、小説の舞台である以前に生活圏だった。歩き、酒を飲み、人と会い、家へ帰る。その日常の地理が作品にも入り込んでいる。

ただし、太宰の小説をそのまま実生活の記録として読むことはできない。

そこで気になるのが、タイトルの「ヴィヨン」である。

「ヴィヨン」とは誰なのか

ヴィヨンとは、15世紀フランスの詩人フランソワ・ヴィヨンのことだ。

フランス文学史を代表する詩人である一方、その生涯はかなり荒れている。暴力沙汰や窃盗事件に関わり、投獄され、死刑判決も受けた。のちに追放刑へ減刑され、その後の足取りは分かっていない。

作中の大谷も詩人であり、酒を飲み、金銭問題を起こし、女性関係にも問題を抱える。

『ヴィヨンの妻』というタイトルは、それだけで大谷がどんな男なのかを示している。

ヴィヨンと太宰治

ヴィヨンと太宰の共通点は、破滅的な生き方だけではない。

二人とも、作品と実人生との距離が近い。

ヴィヨンの詩には、貧困、犯罪、死への恐怖など、本人の人生を思わせるものが現れる。

太宰も同じだ。酒、女性、自殺、借金、自己嫌悪。太宰の経歴を知って作品を読むと、「これは本人のことではないか」と思う場面が少なくない。

だから、二人の作品は作者自身の告白として読まれやすい。

しかし、作品の中の「私」と作者本人は同じではない。

実際の経験を材料にしていても、書かれた時点でそれは作品になる。何を語り、何を語らないか。どういう順序で語り、どんな言葉を選ぶか。そこには作者の操作がある。

太宰の場合、その操作が巧みだからこそ、作中の「私」が太宰本人に見える。

ヴィヨンにも同じことが言える。

二人の作品では、作者と作中の「私」が近接している。しかし、重なってはいない。

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