西東京市の多文化共生とは?――フランスと比べて考える『違い』と『同じ市民』


「違い」を認める?「同じ市民」として扱う?

西東京市でも、外国人住民が急速に増えている。

2015年には3,239人、市の人口の約1.6%だった。それが2026年3月には7,312人、約3.5%。10年あまりで2.3倍になった。

外国にルーツを持つ人と、学校や職場、地域で一緒に暮らすことは、もう特別なことではない。

そこで重要になってきたのが「多文化共生」である。

文化や言葉の違いを認め、お互いを尊重しながら暮らしていく。

自然な考え方に聞こえる。

けれども、少し考えると難しい。

「違いを尊重する」ことと、「みんな同じ市民として扱う」ことは、両立し得ないのではないだろうか?

違いを大切にすればするほど、「日本人」と「外国人」を区別し続けることにならないか。

逆に「みんな同じです」と言うことは、日本のルールやマナーがわからない人、日本語が読めない人がどこでつまづいているのか見えなくならないだろうか。

そんなことを考えていると、思い出す国がある。

フランスも同じ問題に別の方向から突き当たっている。

「違い」から始める西東京市

西東京市の多文化共生は、かなり具体的だ。

2009年に開設された多文化共生センターでは、外国人住民の生活相談や多言語での情報提供を行い、19言語に対応する通訳サービスも利用できる。

行政窓口や学校での手続き、相談、面談には通訳ボランティアを派遣する仕組みもある。

さらに2024年には、日本語を母語としない子どもたちのための「多文化キッズサロン」を整備した。子どもたちは日本語や学校の勉強を学べるだけでなく、生活上の悩みも相談できる。

つまり、「みんな同じように扱う」のではない。

置かれた状況が違うから、その違いに応じた支援をする。

そして西東京市は2024年、施策の名称そのものを「国際交流」から「多文化共生の推進」へ変えた。

市はその意味を、外国人を単なる「交流の対象」ではなく、「地域社会の重要な担い手」として考えることだと説明している。

ここは大きな変化だと思う。

「外国人をどう助けるか」から、「一緒にこの街をどうつくるか」へ。

多文化共生が次の段階に入りつつある。

フランスは、なぜ「同じ市民」にこだわるのか

ところがフランス共和国は、逆の方向とから出発する。

フランス革命以降の共和国は、異なる出自や信仰を持つ人々を、「市民」という共通の資格によって結びつけようとしてきた。

カトリックでも、イスラム教徒でも、ユダヤ教徒でも、無宗教でもいい。

何を信じるかではなく、自由で平等な「共和国の市民」であることを共通項にする。

ある意味で、共和国は人工的な国家である。

異なる人々を、民族や宗教ではなく、法や自由、平等といった理念によって結び直そうとするからだ。

そこに「ライシテ」がある。

ライシテは単なる「政教分離」ではない。

何を信じるか、あるいは信じないかは自由である。しかし特定の宗教の真理を、社会全体の真理にはしない。

宗教や出自の違いより一段抽象的なところに、「市民」という共通の場所をつくろうとする。

それがフランス共和国の強い「統合の理念」である。

宗教を侮辱する自由まで、なぜ守るのか?

この感覚が日本人に特に理解しにくい形で現れたのが、2015年の『シャルリー・エブド』襲撃事件だった。

1月7日、フランス・パリで、風刺週刊紙『シャルリー・エブド』の編集部がイスラム過激派の男2人に銃撃され、編集長や風刺画家、警察官ら12人が死亡した。同紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載していたことが襲撃の動機とされる。

事件後、フランス各地で「私はシャルリー(Je suis Charlie)」を合言葉に大規模な追悼集会が開かれた。

テロに反対することは理解できる。

しかし、こんな疑問を持った日本人もいたのではないだろうか。

宗教を侮辱する自由まで、なぜ守らなければならないのか?

「相手が大切にしているものなら、わざわざ傷つけなくてもいい」と考えることもできる。

しかし共和国の論理では、あなたには宗教を信じる自由があり、私には信じない自由がある。そして批判し、風刺する自由もある。

守ろうとしているのは特定の宗教ではなく、異なる信念を持つ人々が、自由な市民として同じ社会にいられることなのである。

もちろん、フランス人全員が「Je suis Charlie」に同意したわけではない。

むしろここには、共和国の難しさも表れている。

強い理念は人々を結びつける。しかし同時に、「その理念を共有できるか」という新しい境界線を生むこともある。

「統合の理念」と「共存の作法」

ここから日本を見ると、違った姿が見えてくる。

日本では、異なるものを一つの原理に統合するより、違ったものを違ったまま同じ場所に置くことに、比較的なじみがあるように思える。

神社に初詣に行き、寺で葬儀をする。それを強い矛盾とは感じない人も多い。

もちろん、「日本は多神教だから寛容だ」と簡単に言うことはできない。日本にも宗教をめぐる対立や排除の歴史がある。

それでも、異なるものを必ずしも一つの原理にまとめない。

そこには、フランスとは違う「共存の作法」があるのかもしれない。

こう考えると、両者の違いをこんな言葉で表せそうだ。

フランスには強い「統合の理念」があり、日本には強い「共存の作法」がある。

フランス共和国が問うのは、

「異なる人々を、何によって同じ市民として結びつけるのか」

ということだ。

日本の多文化共生は、

「違う人たちが、違ったままどうすれば一緒に暮らせるのか」

というところから始まる。

西東京市は、その先へ行けるだろうか

西東京市では、外国人住民が10年あまりで2倍以上になった。

そして市自身が、外国人を「交流の対象」から「地域社会の担い手」へと位置づけ直そうとしている。

そうなると、多文化共生はいつまでも「外国人を支援すること」だけではない。

外国にルーツを持つ人は、いつまで「外国人」なのか。

日本で育ち、この街を故郷だと思う子どもたちも、「支援される側」なのか。

ここで最初の問いに戻ろう。

「違いを尊重する」ことと、「みんな同じ市民として扱う」ことは、両立できるのだろうか。

違いが不利益になるときには、違いを見る。

しかし、違いが壁になるときには、それを超える。

フランスには「統合の理念」がある。

日本には「共存の作法」がある。

西東京市の多文化共生は、その二つの間で、

違ったまま一緒に暮らし、それでも「同じ市民」になるとはどういうことなのか。

そんな問いを、これから私たちに投げかけるのかもしれない。


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