アトレ吉祥寺の本館1階に、FLO PRESTIGE(フロ プレステージ)がある。ショーケースに並ぶのはタルトだけではない。キッシュ、サラダ、オリーブなどの惣菜も扱う。アトレの案内で、この店の分類は「洋菓子・洋惣菜」。パリの名前を掲げながら、駅ビルで夕食の一品まで買える店である。
ところが、FLOの日本公式サイトをたどると、その始まりはパリの「ブラッスリー」と説明されている。ブラッスリーは、飲み物だけでなく料理も出す、気取りすぎない飲食店だ。では、テーブルのあるパリの店が、日本へ来てタルトと惣菜の持ち帰り店に変わったのだろうか。
日本側の年表だけを見ると、そう考えたくなる。株式会社フロジャポンは1987年10月に設立された。すかいらーくの社史は、同社を「フランス料理店運営会社」として設立したと記す。翌1988年には東京・表参道に「ブラッスリーFLO」が開業した。日本での出発点には、たしかにレストランがあった。
しかし、フランス側の資料を調べると、話は一本道ではなかった。
1988年12月のフランス紙『ル・モンド』は、当時すでに五つの「FLO Prestige」のブティックがあり、1987年には日本の外食企業と合弁契約が結ばれたと報じている。また、FLOを率いたジャン=ポール・ビュシェは、後年の講演で、日本の事業者との契約はブティックとレストランの双方を展開するためだったと振り返っている。フランスの企業登記を基にしたデータにも、「FLO PRESTIGE」を商号に含み、ケータリングを事業とする会社が1986年に設立された記録が残る。
つまり、ブラッスリーが日本で突然ケーキ店に化けたのではない。レストランのFLOと、料理や菓子を持ち帰るFLO Prestigeは、フランス側ですでに並んで存在していた。日本へ渡ったのも、初めから一つの業態だけではなかったのである。
この見方に立つと、吉祥寺の売り場でタルトの隣にキッシュやサラダが並ぶ理由も違って見える。現在のフロジャポンは、自社の事業を洋菓子・洋惣菜の製造販売とし、タルトは店内のオーブンで焼くと説明している。すかいらーくの企業情報では、FLOは駅ビル、駅ナカ、百貨店、ショッピングセンターを中心に展開するグループ会社で、すかいらーくホールディングスの議決権保有割合は100%である。
もっとも、表参道のブラッスリーがなくなり、なぜ持ち帰り型が日本で残ったのか。その経営判断を説明する一次資料は、今回確認できなかった。駅ビルに向くから、タルトが日本人に好まれたから、と理由を補うことはできるが、それは資料の裏付けがない推測になる。本稿で確認できるのは、FLO Prestigeが日本だけの改造ではなかったこと、そして日本進出時からレストランとブティックの両方が構想されていたことまでである。
現在、フロジャポンの本社は武蔵野市西久保にある。パリの店名を受け継いだ売り場は、同じ武蔵野市の吉祥寺駅にもある。次にその前を通るときは、タルトだけでなく、その横の惣菜にも目を向けてみたい。そこに残っているのは、ブラッスリーが別物へ変身した跡ではない。フランスから同時に渡ってきた、もう一つのFLOの系譜である。
主要参考資料
● 株式会社フロジャポン「会社情報」「FLOとは」
● 株式会社すかいらーくホールディングス「沿革」「グループブランド」
● アトレ吉祥寺「フロ プレステージ」店舗案内
● Le Monde, “Flo sous la Coupole”, 10 décembre 1988
● Jean-Paul Bucher, “Bâtir un empire de la bonne chère”, École de Paris du management
● FLO GRANDE ARMÉE(FLO PRESTIGE)企業登記情報(INSEE・INPI・BODACC由来)

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