ICCはフランス語を勉強することを奨励しているってホント?
国際刑事裁判所(ICC)の実務言語は、英語とフランス語の2つです。
国際機関で働くには英語が重要というイメージがありますが、ICCではフランス語も重要な役割を担っています。
実際、2020年に公表された独立専門家レビューでは、ICC職員のフランス語能力を向上させるため、語学研修やインセンティブの導入などが提言されました。
しかも、ICC自身もこの提言を重要な目標として受け止めています。
さらに、2022年の公式報告書には、法廷審理に関する記録の約45%がフランス語で作成されていたという興味深いデータもあります。
今回は、ICCにおけるフランス語の位置づけについて、公式資料をもとに紹介します。
ICCの実務言語は英語とフランス語
ICCは、オランダのハーグに本部を置く国際刑事裁判所です。ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪など、国際社会全体に関わる重大な犯罪について、個人の刑事責任を追及するために設立されました。
ICCの設立根拠となるローマ規程第50条では、6つの公用語と2つの実務言語が定められています。
公用語は、アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の6つです。
一方、実務言語は英語とフランス語の2つです。
つまり、英語とフランス語は、制度上、いずれもICCの業務を支える言語として位置づけられています。
しかし、実際の業務でも両言語が同じ程度に使われているのでしょうか。
実際には英語が優勢?
この点について興味深い指摘をしているのが、2020年9月30日に公表された『国際刑事裁判所及びローマ規程制度に関する独立専門家レビュー最終報告書』です。
報告書の第234段落では、次のように述べられています。
While there are parts of the Court where French is commonly used, in practice English appears to have become the default working language, particularly in the Office of the Prosecutor.
日本語に訳すと、
「裁判所内にはフランス語が一般的に使用されている部門も存在するものの、実際には、特に検察局において、英語が事実上の標準的な実務言語となっているとみられる。」
という意味です。
つまり、制度上は英語とフランス語が対等な実務言語であるにもかかわらず、実際には英語が中心となっていることが指摘されています。
報告書は、この状況を望ましくないものと捉えています。
その理由は、英語が中心になることで、英語話者に偏った職員採用が促進されるおそれがあるためです。
ICCが扱う事態に関係する国々には、フランス語圏の国も少なくありません。こうした国々の当局者と連携する際には、フランス語によるコミュニケーションが必要になります。
したがって、英語だけでなくフランス語を使える職員を確保することは、ICCの活動を円滑に進めるうえでも重要なのです。
実際にはフランス語はどのくらい使われている?
では、ICCでは実際にフランス語がどの程度使われているのでしょうか。
この点について、2022年のICC公式報告書『Report on activities and programme performance of the International Criminal Court for the year 2021』ではなく、文書番号 ICC-ASP/21/9 の活動・業績報告書に興味深い数字が掲載されています。
報告対象期間は、2021年9月1日から2022年8月31日までです。
この期間に作成された法廷審理関連の記録は、合計76,827ページでした。
内訳は次のとおりです。
| 言語 | ページ数 | 割合 |
| フランス語 | 34,958ページ | 約45.5% |
| 英語 | 41,869ページ | 約54.5% |
| 合計 | 76,827ページ | 100% |
この数字を見ると、英語の方が多いものの、フランス語もかなりの割合を占めていることが分かります。
ただし、ここで注意が必要です。
この数字は、法廷審理に関連して作成された記録の言語別ページ数であって、ICC職員が日常業務で使用する言語の割合ではありません。
また、同じ審理について英語とフランス語の双方の記録が作成される場合もあるため、実際に法廷でどちらの言語がどれだけ話されたかを示すものでもありません。
それでも、ICCの司法活動において、フランス語が決して形式的な存在ではないことを示す興味深いデータといえるでしょう。
ICCではフランス語の勉強が奨励されている?
それでは、ICCは職員に対してフランス語を勉強することを奨励しているのでしょうか。
2020年の独立専門家レビューは、この点について具体的な提言を行っています。
報告書の第235段落では、ICCにおけるフランス語能力の向上に向けて、継続的な取組を行うべきだと述べています。
具体的には、次のような取組が提案されています。
- フランス語能力を考慮した重点的な職員採用
- 採用選考委員会へのフランス語話者の参加
- 体系的なフランス語研修の実施
- 職員がフランス語能力を向上させるためのインセンティブの付与
特に注目したいのは、フランス語の研修を提供するだけでなく、職員が積極的にフランス語を学ぶためのインセンティブを設けることまで提案されている点です。
さらに、第235段落では、次のようにも述べられています。
A long-term goal for the Court could be to strengthen the requirement for staff to master both working languages of the Court.
日本語に訳すと、
「裁判所の長期的な目標として、職員が裁判所の二つの実務言語の双方を習得することを求める要件を強化することも考えられる。」
という意味です。
つまり、英語とフランス語の両方を使いこなせる職員を増やすことが、ICCの長期的な目標として提案されているのです。
この内容は、報告書の勧告R100にもまとめられています。
ただし、これらはあくまで独立専門家による勧告です。ICCがすでに全職員にフランス語学習を義務づけているという意味ではありません。
ICC自身はこの提言をどう受け止めたのか?
ここで気になるのは、独立専門家による提言に対して、ICC自身がどのように対応したのかという点です。
実は、ICCは2021年4月14日付で、独立専門家レビューに対する公式回答を公表しています。
その中の「I. Multilingualism(多言語主義)」という項目で、勧告R100に対する見解が示されています。
第221段落では、ICCは次のように述べています。
The Court considers the successful implementation of this recommendation to be an important objective
これは、
「裁判所は、この勧告を成功裏に実施することを重要な目標と考えている。」
という意味です。
つまり、ICC自身も、フランス語能力の向上に関する勧告を重要なものとして受け止めているのです。
ただし、ICCは同時に、語学研修には予算上の課題があることも認めています。
研修を実施するためには追加の費用が必要となる可能性があるため、組織にとって費用負担の少ない方法で語学研修を提供することを引き続き検討するとしています。
ここから分かるのは、ICCがフランス語能力の向上という方向性には賛同している一方で、実際の施策の実施には予算や組織運営上の制約もあるということです。
なお、この公式回答は、勧告の重要性を認めたことを示す資料であり、提案された研修やインセンティブがすべて実施されたことを証明するものではありません。
2024年には英語・フランス語の通訳拡充も決定
ICCをめぐる多言語化の動きは、その後も続いています。
2024年12月に開催された第23回ICC締約国会議では、ハーグ作業部会の会合における通訳について、新たな決定がなされました。
それまで、ハーグで開催される締約国会議の作業部会では、必ずしも英語とフランス語の双方の通訳が提供されていたわけではありませんでした。
2024年の決議では、フランス語通訳がないことにより、一部のフランス語圏の国々が会合に参加していないという問題も指摘されています。
そこで、締約国会議は、2025年1月1日から、ハーグ作業部会の対象会合で英語とフランス語の通訳を提供することを決定しました。
ただし、これは既存の予算の範囲内で、追加費用を生じさせない形で実施することを前提としています。
また、可能な場合には、外部の通訳者ではなくICCの通訳者を活用することも求められています。
ここで注意したいのは、この決定がICCの法廷審理そのものではなく、ICC締約国会議のハーグ作業部会に関するものだという点です。
それでも、ICCを取り巻く制度全体において、英語とフランス語の双方を使用できる環境を整えることが重要視されていることが分かります。
なお、この決議は通訳提供の開始を定めたものであり、すべての対象会合で実際に通訳が提供されたかどうかについては、別途確認する必要があります。
フランス語以外の言語も重要
ここまでフランス語について紹介してきましたが、ICCが重視しているのはフランス語だけではありません。
2020年の独立専門家レビュー第236段落では、特定の言語能力が必要な職務については、採用の段階で十分な語学能力を有していることを確認すべきだと述べています。
例えば、ある国で現地調査や関係機関との連携を担当する職員には、その国で使用されている言語を理解し、適切に意思疎通できる能力が求められる場合があります。
そのため、職務に応じた言語能力を持つ人材を採用することが重要だというのです。
この点からも、ICCにおける語学能力は、単なる資格や教養ではなく、実際の業務を遂行するために必要な専門的能力の一つとして捉えられていることが分かります。
まとめ:ICCで働きたいならフランス語も勉強する価値がある
ICCの実務言語は英語とフランス語ですが、2020年の独立専門家レビューでは、実際の業務において英語が優勢となっていることが指摘されました。
一方、2022年の公式報告書では、法廷審理に関する記録の約45%がフランス語で作成されていたことが分かります。
さらに、独立専門家レビューでは、フランス語研修の充実やインセンティブの導入が提言され、ICC自身もその実施を重要な目標として認めています。
そして2024年には、締約国会議において、ハーグ作業部会の会合で英語とフランス語の通訳を提供することが決定されました。
こうした動きを見ると、ICCにおいてフランス語は、単に制度上認められているだけの言語ではなく、司法活動や国際協力を支える重要な言語であることが分かります。
それでは、最初の問いに戻りましょう。
「ICCはフランス語を勉強することを奨励しているってホント?」
この問いに対しては、「独立専門家が職員のフランス語学習を積極的に支援するよう勧告し、ICC自身もその実施を重要な目標として認めている」という意味で、ホントです。
もちろん、ICCで働くためにすべての職種で英語とフランス語の両方が必須というわけではありません。
それでも、将来ICCなどの国際司法機関で働くことを目指している方にとって、英語に加えてフランス語を学ぶことは、十分に検討する価値があるのではないでしょうか。
参考資料
- Rome Statute of the International Criminal Court, Article 50.
- Independent Expert Review of the International Criminal Court and the Rome Statute System, Final Report, 30 September 2020, paras. 234–236, Recommendation R100.
- Overall Response of the International Criminal Court to the Independent Expert Review Final Report, 14 April 2021, paras. 220–221.
- ICC-ASP/21/9, Report on activities and programme performance of the International Criminal Court, 2022, p. 21.
- ICC-ASP/23/Res.6, 2024, Section O(Multilingualism).

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